ルネサンスの美
ルネサンスの美を読み解くために中世の神中心の世界からヴィーナスを地上に降臨させたサンドロ・ボッティチェリの作品を手掛かりにしたい。メディチ家の寵愛を受けて描かれた「春」においては、ギリシャ神話の西風の神ゼフュロスが現れ、絵画の右端で空中からクロリスをさらっていく様子が描かれている。
この頁の最上段にある「ヴィーナスの誕生」(1485年頃)では、絵の左上でゼフュロスに抱えられたクロリスが女神フローラ(花の神)と化して、口からバラの花を吐き出す。絵の中央には、海から誕生した恥じらいのヴィーナスの裸体が描かれる。初期ルネサンスの美を代表するボッティチェリの二枚の絵は、異教のギリシャ神話の西風の神ゼフュロスとフローラとによって生み出される生命、愛に生きることの喜びをテーマとした連作と言えよう。
こうしたルネサンスにおける生の輝きの社会的背景には、14世紀から15世紀にかけて全ヨーロッパを襲ったペスト(黒死病)による夥しい死があった。肉親や自分自身の生がいつ途絶えてしまうかもしれない死に直面したとき、生きることの喜びがこの上なく輝きを放ったのである。